陥入爪治療記:その1の2〜第一次大戦(2)

S医院へ行く!

さて翌日は、勤務先に遅刻する旨の連絡を入れて、S医院に出向く。きちんと保険証を提出しなければならないし、精算もしないといけない。今回はきっちりと保険証と現金を用意して、意気揚々と(いうわけにもいかんが)S医院に向かった。S医院は、歩いて5分ほどのところにある。さんざん脇を通っていたのに、まったく意識していなかった。

「これからお世話になります。」

と心の中で話しかけて、入る。

受付で昨晩のことを告げる。すでに伝達はされていたようで、初診の際によくある書類などを書かされ、保険証を提出し、診療を待つように、と伝えられる。この病院はリハビリもやっているようで、そっち方面の患者さん(爺さん、婆さんが多い)が多いが、肝心の整形外科などの患者は思ったより少ない。順番は、あっという間に来る。

呼ばれる。足を引きずって診療室にはいると、そこにはS木M男先生によく似たお医者様が。あとでわかったことだが、この先生が院長で、要するにS院長なのであった。患部を見て開口一番、

「無医村に来たようだな…。」

それは要するに、清潔な近代社会では有り得ない、不潔の賜というか無精というか下位層というか底辺というか、あまりよい評価ではないということだな。正直、失礼だろう、とか思いつつも、私の身なりでは、やむないかとも思う。

気になるのは病名だが、「ひょうそう」ではなく「膿創」ということである。「ひょうそう」は、よく子供がかかり、ヘタすると傷口が指の裏側にまで抜けてしまう(ひ~)というものらしいが、私のは傷が化膿したものらしい。傷というものに心当たりはないが、もしかしたら虫に刺されてその痕が悪化したのかもしれないし、爪の脇からばい菌が入ったのかもしれない。このときは、爪が食い込んでいるという発想はなかった。それもそのはずで、第二次大戦では反対側がやられたからである!

このときの治療は、昨晩メスで刺された箇所を糸口に、化膿している部分をハサミで切り開くというものである。不思議と痛みはそれほど感じないのが怖い。とにもかくにも治療を受け、また包帯でぐるぐる巻きにされて診察券を渡され、昨晩の分も含めて精算して、次回の診療の約束をして、S医院を出る。このまま出社するのが、私の偉いところだ。ただ、そもそもこういう事態になったのは己のせいなので、結果的にはマイナスである。

治療は…

このときの治療は、1)薬浴と呼ばれる、薬液で足を10分ほど浸けて洗う作業、2)患部を消毒し、ヨードチンキか抗生物質入りの軟膏を塗る作業、3)ガーゼを当てて包帯を巻く(そのうち包帯はなくなり、コットンでできた指サックのようなものを指に被せるだけになった)作業、以上である。薬浴は自分で行い、このときガーゼをピンセットでつまんで、薬液に浸けてそれで患部を洗う。死んだ組織などがこびりついているので、それを丹念に洗い落とすようにいわれる。傍らには目覚まし時計。

終戦まで…

第一次大戦は、その後の治療で、2ヶ月ほどで治癒するのである。ただ、この間も紆余曲折があり、なかなか傷(というか皮膚)が改善しない。S医院は、S院長の他に通いの先生も何人かいて、曜日によって変わってしまう。いつも同じ先生というわけにもいかず(何しろ、同じ曜日でもタイミングで変わるのだ)、そこがまた不安でもあるわけだが、一貫性があるようなないような治療で、よくなっているのか悪くなっているのか、こっちにもわからない。

しかし、中にE先生という長髪+黒縁眼鏡というインテリ風の(こればっかし)お医者様がいて、思い切った手を打ってくれる(後日談だが、E先生はその後独立してEクリニックを開院するのだ)。傷が改善しない理由を、軟膏によるかぶれと診断し、薬剤を変更した。

「これは、短期集中でないといけないんだけどね。」

という言葉の裏は、要するにその薬はステロイド剤であったのである。しかし、1週間ほどの適用で、傷はみるみる回復した。

他の疾病でステロイドに頼ることも理解できるなと感じつつ、短期間の適用で副作用を見ることもなく、傷は治癒した。E先生には感謝したい(愛車のS2000にも)。

陥入爪治療記:その1の1〜第一次大戦(1)

陥入爪治療記

陥入爪治療記:その2の1〜第二次大戦(1)

スポンサーリンク
広告336*280




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする